利賀村雑感1


今回の滞在制作の成果を言葉にまとめる機会をいただいたので、
ここに記しておくことにします。(Ash)



8月初頭から2週間ほど、富山県の利賀村にて演劇の滞在制作をする機会に恵まれた。
演劇の創作者として、これからの演劇を考えたとき、「地域社会」とのコミュニケーションがキーワードになると思っていた。「演劇の聖地」とも言われる利賀村には、過去にも幾度か足を運んでいたが、これほどまでに豊かな文化の根付く、魅力的な場所であるということは、演劇の公演のために2、3日滞在するだけでは決してわからなかっただろう。
若い俳優やスタッフ達にも、創作の糧となる刺激と感動を与えてくれた14日間となった。
このことを実現するためには地元の方々の理解と協力がなによりも必要で、関わって下さった方々には深く、言葉にならない感謝の念がある。

宿泊させてもらったのは、上畠地区の一番頂上にある「瞑想の郷」だった。
富山県屈指のパワースポットとして名を馳せるこの場所は、その名の通り瞑想にふさわしく、表現者にとってもっとも必要な「自己を見つめる」作業にうってつけであった。
その場所で毎朝、花曼荼羅の草とり作業を行い、午後は集落の下部にあるカルチャーセンターまで稽古をしに出かけた。道みち、地元の方に挨拶すると必ず温かい言葉をかけてくれ、野菜をもらったり、車に乗せてもらった俳優もいた。わたしたちに興味をもって稽古場に足を運んでくれ、本番当日は劇場に駆けつけてくれた方もいた。このように、何もしなければありえなかった何らかの「出会い」を創出すること、そのこと自体がアートのこれからの使命となると思っている。

夜は、毎日地元の方々が民謡「むぎや節」を教えに来てくれた。
男踊り、女の手踊り、女の傘踊り、と三種類に分かれて稽古をしたが、どれも重心を深く落としての中腰姿勢が基本となっていて、私達が普段からしている演劇の訓練の姿勢と変らない。日本人の身体性について改めて認識すると同時に、むぎや節の歌詞や振りの中に込められた、歴史と民俗性に深く打たれた有意義な時間であった。
村の人たちは、この踊りを小さい頃から習うため、大人になっても誰でもすぐに踊れるという。実際、私達の公演が終わった後で開いていただいた打ち上げ会において、私達の成果の発表をした後、村の青年団のみなさんが踊り返してくれた「古大臣」と「むぎや」は圧巻であった。世界に誇れるものをこの村はいくつも持っている、だがそれを声高に喧伝することなく、つつましく守り続ける。そんな姿勢にこの深い歴史と文化を持つ利賀村独特の美学を感じて胸を突かれた。

打ち上げといってもただの飲み会ではなく、私達にとっては「演劇」に対する村の人たちの思いや、私達の公演の感想を聞ける貴重な機会となり、きっと村の人たちにとっても世代間、地域間の有意義な交流の機会になったのではないかと思う。
ひとつだけ希望を言えば、私達は現役高校生も含む団体であるため、同じような世代の人がいれば、彼らがどのような生活を過ごして成長してきたのかを聞くだけでも新鮮であろうし、さらに魅力的な交流になったのではないかと思う。利賀には高校がないということで難しいのかもしれないが、お盆ということもあり、夏休みに高校生が実家に帰ってくる機会をうまく捉えられたらいいと思うし、高校生で親元を離れるタフな状況についても、当人達の話を聞いてみたいと思った。

演劇は、人間の生き様や在り方を、人間の身体を使って表現する「アナログな」芸術である。そこにはマンパワーと、介在する人間のコミュニケーションがなにより必要なのだが、都市部に普段生活していると、そのこと自体を失念してしまうことも多い。
今回の作品制作では、私達のように都市部に住みながら、自分の部屋で「孤立」している若者たちと、地域的に、物理的に隔絶され「孤立」してはいるがそのなかで豊かな文化を根付かせ、育んでいる「地域社会」とが見えない絆を通して「つながる」ことを劇中でも表現しており、その絆が「演劇」であればいい、という希望を込めたハッピーエンドになっている。(原作は暗くシニカルな不条理劇でハッピーエンドとは程遠い。)
利賀村との出会いによってしか生まれない作品になったし、今後の創作において常に希求したい「演劇の可能性」について、この村だからこそ確信を強めることが出来た。

利賀村と出会わせてくれた演劇に感謝をしつつ、演劇に「再会」させてくれた利賀村に感謝をしたい。

そのどちらの気持ちもイーブンだからこそ、今後につながる道筋ができるのだと思っている。

Ash (演出家)

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by uronna | 2010-08-16 16:50 | 稽古場日記

復活。


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