彗星(コメット)さん ー『コオラス』のひみつ1

私がまだ某メーカーの会社員だった頃の話である。
カーナビ開発の同じチームに、中途採用の女性が入って来た。

彼女はコーディングの能力には恵まれていたが、とにかく人とのコミュニケーションが下手だった。
感情を表現することはほとんどなく、誰かが話しかけてもとんちんかんな答えしか帰ってこず、入社一年目の私でも「この会社の人事は大丈夫か?」と思ったほどである。

C言語の成績に「C」をもらったことを面接で自慢げに語った私を採用しているくらいなのだから、始めから推して知るべきなのだが、人は自分自身のことは棚に上げて組織の瑕疵をあげつらいたくなるものなのだ。

とにかく彼女は不思議ちゃんだった。
年齢は30代半ばだと思われていたが、誰も正確には知らなかった。
行動が不審な上に、説明もないので誰も近づけなかった。
あまりに意思疎通が不可能なので、だれかが「コメットさん」と呼んだ。
ハレー彗星くらいの確率でしか、疎通できる時がない、ということだ。

私は同じチームだったし、同性だったので彼女の「通訳」になるように上司から任命された。「あたくしだって宇宙語は解しませんけど?」と思ったけれど、他の人よりは明らかに適任だった。
なぜなら彼女に好きな人がいることに、私は気づいていたから。

それはほかのチームのリーダーで、その人の机と彼女の机を結ぶ直線上に私の机があった。
わたしはしばしば、彗星の熱光線を浴びることになった。

ほうき星のしっぽにさわると不吉なことがおきる、という言い伝えは本当だったのかどうか。わたしは彼女のおかげで会社をやめることになるのだが、これはまた別の話だ。

とにかく、彼女と人間的な話ができたのは一回きりだった。
彼女はほんとうに「彗星」なんだ、別の星から来たのだ、そう思わなければ自分のあたまがおかしくなると思った。彼女は自分自身の宇宙に住んでいた。そんな彼女をわたしは理解しようとしなかった。まだ二十歳をいくぶんすぎたばかりの小娘にとっては、ハレー彗星よりも自分に近い月の方が大切だったのだ。ひょっとしたら自分も虚空に尾を引いて飛ぶ彗星かもしれないとは露程も思っていなかった。

今ならわかる。ハレー彗星の貴重さも、面白さも。
世の中はたくさんの彗星が飛び交うところなのだということも。
その上で、やはりそれらはすれ違うだけではなく、ひとつの宇宙を共有して調和する必要があるのではないかと、いま、切実に思うのだ。

星が降ってきそうな夜空を見上げながら、
大好きな凍れる季節の到来を思う。

星々は無限だとしても、この空はひとつであることを、願う。

『コオラス』とはそんな話である。

(Ash)
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by uronna | 2010-11-19 01:31 | 稽古場日記

復活。


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