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召還されたハンス・ザックス

 さて、ちょっと落ち着いたので演出家コンクール優秀賞を受賞した、山田恵理香氏の「悪魔を呼び出す遍歴学生」を振り返ってみようと思う。
 この作品、作者はハンス・ザックス。
オペラが好きな人なら、ん?と思うかもしれない。「ニュルンベルグのマイスタージンガー」にでてくる靴屋のおやじ、それがこのハンス・ザックス。実在した詩人であり、膨大な量の謝肉祭劇を残している。しかし私はその作品についてはまったく読んだこともなければ上演を観たこともない。それは、審査員も含め今回この作品を観た人々にほぼ共通していたようだ。ちなみに鈴木忠志さんいわく戯曲は「こんなつまらんものはない、眠くなるんだ」という類のものらしい。その牧歌的な、なんでもない話が今回山田恵理香の手によって、スリリングで魅惑的なファンタジーとなって利賀の闇の中に召還されていた。

 その何でもない話とは、百姓のおかみさんがせむしの神父と浮気したのを目撃した遍歴学生が、百姓が急にかえってきたときを見計らい、「悪魔を呼び出す」ふりをして神父を逃がしてやり、かわりに金をせしめすっかり悪魔を信じおびえあがった夫からも、報酬をもらう、というただそれだけの話。たしかにそのままやっても面白くないかもしれない。
 しかし、ものは考えようで、こういう素朴な話こそ演出家の鉈を篩いやすいのではないだろうか?戯曲の行間が広い、というか。大鉈をふるってももとの言葉を傷つけることはない。演出というのは行間を読む作業だったりもするので、その行間が細ければ細いほど繊細で研澄まされた鉈を使わなければならないだろう。しかしこの作品であれば、それこそばっさり、さっくりと切ってしまえる。これは私も今回審査に書類を出す時に迷ったところなのだが、戯曲がどうしようもなく面白い作品にするか、戯曲は誰もしらない、或は知っているけど上演を見たことがない、そんな作品にするか、どちらがより面白い舞台を創れるのか。今回決勝に残った二作品を見ていると、答えは出ている気もする。

 さて山田恵理香氏は野外の空間を使うのがとても上手かった。野外劇場が設えられた場所は、芸術公演のなかでは一番低い盆になったような地形をしているのだが、彼女はその落差を利用した。役者の登場シーン、そして退場シーンは盆地の底に座った観客からしてみれば見上げるほどに高い山の上。錫杖のような音をさせながら黒い衣服の二人(裁く側の人間)が、赤い衣服の三人(裁かれる司祭、百姓、その女房)を引き立ててくる。裁く二人は舞台の回りに次々に火をともし、舞台上に乗せられた三人は恰もこれから異端審問にかけられるかのようである。不自然な形をした赤い衣装は拘束衣に見えてくる。
 役者の演技もなかなか面白い。特におかみさん役の太った女優が身体をくねらせて台詞を喋るところなどは、おもわず吹き出してしまうほどのおかしみがあった。上演審査時の講評を読むと、この劇団は「役者の力量不足」を指摘されていたりしたのだが、この日見た限りではそんなに拙い演技をしているとは思わなかった。おそらく、講評を受け止めて演出家も含め一人一人が前進したのだと思う。そういう意味では非常に前向きで強いパワーをこの劇団からは感じた。

 途中でちょっとだけ現実に戻ってしまうことがあり、その原因を考えたりしたのだが、多分炎がなかなか消えなかったり、学生役の役者が少女っぽくみえてしまったりしたことが原因だと思う。この作品の瑕疵は、そうした些細な拙さなのだ。こういう部分が巧妙に計算されて解決され、観客の集中が一度もきれずに最後まで続いていたら、間違いなくラストシーンでは自分も丘の上の絞首台に連れていかれたのだと思う。観客のほとんどをそこに連れていければ、最優秀賞はこの作品のものだった。

 審査終了後のボルカノではちょっとだけ山田さんと話す機会があった。北九州でGIGAという劇団をやっている、とのことだった。監督流に言えば、「これでちょっとは助成金がつくようになる」? それはそれで素敵なことではないか。いや実に羨ましい。(笑)
Mさんは「彼女のは直感だからね」と言っていたけど、女性の演出家は直感が武器だから、それを研ぎすますようにしていけばいいと思う。またこの人の作品を見てみたいと思った。

ハンス・ザックスについて詳しいページ
by uronna | 2005-09-06 22:48 | 劇評、書評、映画評

復活。


by kawasaki Alice