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こころのしらべ


先月ゲストパフォーマンスで参加させて頂いた、「朗読のじかん」におきまして、宮城道雄さんの随筆を読まれた方が居ました。

時間が経っても、その素敵な内容と控えめでも芯のある朗読の声が忘れられず、ネットから引っ張り出してきました。日本が誇る偉大な作曲家の、芸に対する真摯で謙虚な姿勢にこちらは恥ずかしくなるばかりですが、せめて少しでも見習いたいと思い、こちらに引用させて頂きます。

護符みたいなものかな…。

Ash



『心の調べ』
宮城道雄

 どんな美しい人にお会いしても、私はその姿を見ることはできませんが、その方の性格はよく知ることができます。美しい心根の方の心の調べは、そのまま声に美しくひびいてくるからです。声のよしあしではありません、雰囲気と申しますか、声の感じですね。
 箏の音色も同じことで、弾ずる人の性格ははっきりとそのまま糸の調べに生きてまいります。心のあり方こそ大切と思います。七歳の年までに私を慰めてくれた月や花、鳥などが、私の見た形ある最後のものでした。それが今でも、美しく大切に心にしまってありますが、その二年後に箏を習い始めてから今日まで、私は明けても暮れても自分の心を磨き、わざを高めることにすべてを向けてまいりました。生活そのものが芸でなければならない、という信念で生きてまいりました。私のきた道――芸に生きてきたことを幸福と思いますし、また身体が不自由であったために、芸一筋に生きられたと感謝しております。
 と申しても、私にはやっぱり眼が必要でした。私の眼は家内でした。貧乏がひどかったので、質屋にもずいぶん通ったり、いろいろな苦労をかけましたが、三十年の月日を通じて、生活の面で私はずっと家内におぶさりっきりです。家内は若い時分はよく箏をひきましたが、いつの頃からかすっかりやめて、私の眼となることだけに生きるようになりました。そして、私の仕事に対する、なかなかの大批評家になりました。母心の適切な批評をしてくれます。他の人と外へ出かけたときでも、何か遠くから家内が見守ってくれていることを私は感じます。それだけで、私は安心して仕事ができます。手をとってくれる年月が永くなるにつれて、母という感じが家内に加わって、私は頼りきって修業をつづけております。
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by uronna | 2011-06-08 18:01 | Shisaku

勿来の関

a0015614_1334071.jpg今、琵琶で稽古している曲『勿来の関』の舞台であるいわき市の勿来から、支援の募集がありました。なにか縁を感じて、「自分を1.5日雇える金額」(※糸井さんTweetを参照)を寄付しました。(残りの1.5日分は後日寄付したいところがあるのです)
できることは少ないですが、まずはTake action!です。

『吹く風を勿来の関と思えども道も狭に散る山桜かな』

八幡太郎義家のこの和歌は平安の世、「来る勿れ」と蝦夷の侵入を防ぐ為につくられた関所である「勿来」の名にかけて詠まれたものである。「風よ、吹くな」と願っても、あとからあとから吹いてくる風は山桜をしきりに散らしていくよ、という意味なのだが、今関東の人はまさに「風よ、来る勿れ」と思っているのではないだろうか…。それでも自然には逆らえない。東北の脅威におびえていた平安時代の人々と今の我々はあまり変わらない。最大の「脅威」とはいつも人間が作り出したものなんだ。

ここは得意の本歌取りで一首。
「吹く風を勿来の関の桜花 人世(ひとよ)の願の幸くあれば咲く」 


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◎◎いわきへの支援募集!◎◎

東日本大震災で被災された皆様に、心よりお見舞い申し上げます。
また、亡くなられた方々に対し、心よりお悔やみ申し上げます。
報道されているように、福島県いわき市では、場所によっては5mを越える想定以上の津波に襲われ、報道されている地区以外にも消滅集落、大きなダメージを受けている海岸集落があるようです。また原発の避難者を受け入れ、総避難者数が15,000人(うち楢葉町等の原発避難指示区域住民が数千人)を越える状況にあります。すでに4日が経過し、避難者の疲労、精神的なダメージ、物資の不足も深刻になりつつあります。今回、千葉県市原市の中心市街地活性化に取り組む「SUGOIまちづくり隊」有志が、日頃イベント等で蓄積されたノウハウを活かし、炊き出し、物資支援の応援をしようと準備をしているところです。一方現地の受け入れとして、いわき市最南部で津波に襲われた海岸部の勿来地区でまちづくり活動を実践している「勿来ひと・まち未来会議」http://www.hito-machi.com/ が、厳しい状況の中、受け入れ調整に奔走しておられます。小さな特定されたエリアに対する支援で、現段階では慎むべきとのご意見もありますが、受け入れていただく未来会議の方々が調整してくださり、人の縁でつながる助け合いも一つの方法と考え、皆様に支援のお願いをさせていただくことといたしました。
また調布まちづくりの会、国立まち連の方々にもご協力をいただいて進めております。内容は以下です。突然で大変申し訳ありません。皆様のご支援を賜りたく、お願い申し上げます。

支援名称:東日本大震災支援
対象支援先:福島県いわき市(勿来地区、平地区):原発の影響により変更も考えられます
第一次期日:平成23年3月18〜19日(17日夜出発)

1.本支援の募金
一口 1,000円 何口でも結構です。下記口座にお振り込みをお願いします。
■ゆうちょ銀行 店名 八二八(ハチニハチ) 普通預金 口座番号358563 
名義:オオノショウコ(大野章子)
(大野さんは「勿来ひと・まち未来会議副会長です)

2.人的支援
3月17日夜東京発で18日、19日に 炊きだし、足湯ボランティアとして参加できる方を募集します。
参加費:保険料、宿泊費、ガソリン代 8000円内外(予定。素泊まり。常磐湯本温泉、営業可能な旅館と調整中です。水は出ませんが、温泉は出ます。原発の影響で旅館が営業しない場合があります)原則ご自分の食料、念のため寝具は用意していただきます。

3.車両提供
参加が可能で、車を出していただける方。3月17日夜東京出発で、19日夜東京着まで(状況により20日まで可能な可能な場合はお知らせ下さい)。 (人的支援と車両提供は、数が多い場合、次の機会にお願いさせていただく場合があります)

突然で大変申し訳ありませんが、ご検討よろしくお願い申し上げます。
ご支援いただける場合、下記該当部分を返信でお願いします。

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氏名:
メール:
電話番号 携帯:      固定: 
     
1.募金に協力する(   口(一口1,000円))
2.参加する   炊きだし  足湯
3.参加及び車両提供   炊きだし  足湯    
  車両タイプ:   (  人乗り)
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大和田清隆・財団法人都市防災研究所
メール:owadak@mb.infoweb.ne.jp
(@を小文字に変えて送信してください)
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by uronna | 2011-03-17 12:30 | Shisaku

今年のコトダマ

昨日ここで『インヴィクタス』のことを書いたら、mixiで反響があったので出典も書いておきます。実はこの映画は「スポーツ映画』の皮を被ったアカデミックな映画なのです。その辺がイーストウッドらしい巧みさで、私は『グラン・トリノ』に引き続きのけぞってしまった訳だけれども。

タイトルの『インヴィクタス』はラテン語で「不屈」という意味。
1875年にイギリスの詩人W・アーネスト・ヘンリーによって書かれた詩のタイトルになっていて、映画の中ではその詩が服役中のネルソン・マンデラ氏に力を与えた、という設定である。

幾度読み返してみても、不思議と静謐な力が満ちていくような気がする詩です。ことばの力というものは本当に、魔法。

今年一年は、この言葉の力を借りて、乗り切っていきたいと思います。
というわけで、拙訳で恐縮ですが、原文と訳を引用しておきます。



INVICTUS - William Ernest Henley

不屈— ウィリアム・アーネスト・ヘンリー

Out of the night that covers me,
私を覆いつくす夜の帳

Black as the pit from pole to pole,
鉄格子の隙間から地底のように黒い闇に紛れ

I thank whatever gods may be
私はすべての神という神に感謝する

For my unconquerable soul.
この魂が不屈のものであることを。

In the fell clutch of circumstance
残忍なまでの逆境にあっても

I have not winced nor cried aloud.
私はひるんだことも大声で泣き喚いたこともない。

Under the bludgeonings of chance
運命に幾度もなぶられて

My head is bloody, but unbowed.
私は血まみれだが、屈してはいない。

Beyond this place of wrath and tears
怒りと涙の向こう側に

Looms but the Horror of the shade,
ぼんやりと死神の恐怖が立ち現れる

And yet the menace of the years
しかし、それは長年の脅しにも関わらず

Finds and shall find me unafraid.
私がまったく恐れていないことを知るはずだ。

It matters not how strait the gate,
どんなに門が狭くとも

How charged with punishments the scroll,
どのような罰に処され苦しむとて平気だ

I am the master of my fate:
私こそが私の運命の導師なのだから。

I am the captain of my soul.
私の魂を導くのは、他ならぬ私なのだから。
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by uronna | 2011-01-04 23:29 | Shisaku

オルフェウス

汝は、死者の住まいのほど近く、左手に、ひとつの泉を見出すであろう。

泉のほとりに純白の糸杉がそびえたっている。

この泉には赴くな、近寄るな。

汝は、「記憶」の湖から流出するもうひとつの泉を見出すであろう。

湧き出る冷たい水である。そのまえに番人らが立っている。

かれらに言え。わたしは大地と星に輝く天空との娘である。

しかし、わたしの起源は天空にある。このことは汝らも承知の通り。

渇きが私を疲弊させ死に臨ませる。ああ、すみやかに与えよ、

「記憶」の湖から湧出する冷たい水を。

すると、かれらは汝に神泉から飲むことを許すであろう。

そのとき、もろもろの英雄たちのなかにあって、汝は統治するであろう。

(オルフェウス教断片17
シモーヌ・ヴェイユ仏訳より冨原眞弓訳)
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by uronna | 2008-04-18 02:34 | Shisaku

メレアグロスの『春』

われらの大気から風吹き荒れる冬は消えた。
春よ、なぜ、おまえの季節は花を献げて微笑むのか。
黒々とした大地はやさしく草に身をつつまれる。
木々の受益のうちにあって、葉むらの髪があたらしい。
それらを養い育む甘やかな飲み物は黎明の露だ、
薔薇がさくとき、牧場は笑いさざめく。
歌う山なみのあいだで羊飼いは葦笛を吹いて愉しむ、
白い仔山羊らは山羊飼いに歓びをもたらす。
はや、船乗りらは宏大な波のまにまに航海する、
帆を豊かな胸のごと孕ませる穏やかな西風(ゼフィロス)の息吹に危険もなく。
はや、葡萄を抱く者ディオニュソスのために人々は「エウオイ」と叫ぶ。
束ねられた花々、木蔦の花々が髪を冠と飾る。
かくも麗しき牡牛らを生み出す蜜蜂どもは、
巧みなわざに専念する。巣箱に停まって仕事に精を出す、
白く瑞々しく気孔に覆われた蜜蝋の美しさよ。
いたるところ、明朗な声の種族の鳥どもは歌いさえずる、
かわせみは波のまにまに、燕は軒のまわりで、
白鳥は河のほとりで、そして夜鳴き鶯は木のしたで。
かくて、森の葉むらに歓びが訪れ、大地が花咲くならば、
羊飼いが笛を吹き、羊毛に包まれた群れがはしゃぎ戯れるならば、
船乗りらが航海するならば、ディオニュソスが歌い踊る行列を導くならば、
有翼のものどもが歌いさえずるならば、蜜蜂どもが仕事に精をだすならば、
詩人もまた、春にはよろしく歌うべきではないのか。

メレアグロス(紀元前140~60年)
シモーヌ・ヴェイユの仏訳より冨原眞弓訳
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by uronna | 2008-04-15 02:09 | Shisaku

埋葬

エリオット (西脇順三郎訳:)

四月は残酷きわまる月だ
リラの花を死んだ土から生み出し
追憶に情欲をかきまぜたり
春の雨で鈍重な草根をふるい起こすのだ。

冬は人を温かくかくまってくれた。
地面を雪で忘却の中に被い
ひからびた球根で短い生命を養い。

シュタルンベルガ・ゼー湖の向こうから
夏が夕立をつれて急に襲って来た。
僕達は廻廊で雨宿りをして
日が出てから公園に行ってコーヒーを飲んで一時間ほど話した。
「あたしはロシヤ人ではありません
リトゥアニア出の立派なドイツ人です。」

子供の時、いとこになる大公の家に
滞在(とま)っていた頃大公はあたしを橇(そり)に
のせて遊びに出かけたが怖かった。
マリーア、マリーア、しっかりつかまって
と彼は言った。そして滑っておりた。
あの山の中にいるとのんびりした気分になれます、
夜は大がい本を読み冬になると南へ行きます


トマス・スターンズ・エリオット
(Thomas Stearns Eliot, 1888年9月26日 - 1965年1月4日)
イギリスの詩人、劇作家、文芸批評家。
合衆国ミズーリ州に生まれ、イギリスに帰化。
代表作には、5部からなる長詩『荒地』(The Waste Land、1922年)。
詩劇『寺院の殺人』(Murder in the Cathedral、1935年)
詩劇論『詩と劇』(Poetry and Drama、1951年)。
児童向けの詩 『キャッツ - ポッサムおじさんの猫とつき合う法(Old Possum's Book of Practical Cats)』はミュージカル『CATS』の原作である。
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by uronna | 2008-04-06 19:44 | Shisaku

『散歩』

長田弘

 ただ歩く。手に何ももたない。急がない。
気に入った曲がり角がきたら、すっと曲がる。
かがり角を曲がると、道の先の風景画くるりと
変わる。くねくねとつづいてゆく細い道もあ
れば、おもいがけない下り坂で膝がわらいだ
すこともある。広い道にでると、空が遠くか
らゆっくりとこちらにひろがってくる。どの
道も、一つ一つの道が、それぞれにちがう。
 町にかくされた、みえないあみだ籤の折り
目をするするとひろげてゆくように、曲がり角
をいくつも曲がって、どこかへゆくためにで
なく、歩くことをたのしむために街を歩く。
とても簡単なことだ。とても簡単なようなの
だが、そうだろうか。どこかへ何かをしにゆ
くことはできても、歩くことをたのしむため
に歩くこと。それがなかなかにできない。こ
の世でいちばん難しいのは、いちばん簡単な
こと。

長田弘:福島県福島市生まれの詩人。
代表作に『深呼吸の必要』。
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by uronna | 2008-04-05 10:23 | Shisaku

『万物照応(コレスポンダンス)』

シャルル・ピエール・ボードレール作 福永武彦訳

「自然」はひとつの宮殿、そこに生ある柱、
時折、捕らえにくい言葉をかたり、
行く人は踏み分ける象徴の森、
森の親しげな眼差しに送られながら。

長いこだまの遠くから混ざり合うよう、
幽明の深い合体のうちに
涯(はてし)もなく、夜のように光明のように、
匂と色と響とは、かたみに歌う。

この匂たち、少年の肌に似て爽かに、
草笛のように涼しく、牧場のように緑に、
-その他に、腐敗した、豊かな、勝ちほこる

匂にも、無限のものの静かなひろがり、
香、沈、薫香、琥珀にくゆり、
精神と感覚との熱狂をかなでる。


シャルル・ピエール・ボードレール
(Charles Pierre Baudelaire, 1821年4月9日 - 1867年8月31日)
フランスの批評家、詩人。「フランス近代詩の父」と呼ばれる。
代表作に『悪の華』『巴里の憂鬱』。
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by uronna | 2008-04-02 12:04 | Shisaku

『海辺の墓地』


ポール・ヴァレリー作 鈴木信太郎訳

鳩の群れが歩いてゐる この静かな屋根は、
待つの樹間(このま)、墓石の並ぶ間に、脈打っている。
「午(まひる)」の極は ここに今 火焔で海を構成する、
絶えず繰り返して打寄せる 海を。
神々の静寂の上に 長く視線を投げて
おお 思索の後の心地よい この返礼(むくい)


アンブロワズ=ポール=トゥサン=ジュール・ヴァレリー
(Ambroise-Paul-Toussaint-Jules Valéry, 1871年10月30日 - 1945年7月20日)フランスの作家、詩人、小説家、評論家。


象徴主義詩人シリーズ(後続)
マラルメ
ベルトラン『夜のガスパール』ほか
ピエール・ルイス『ビリティスの唄』など
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by uronna | 2008-04-01 11:49 | Shisaku

『乳母車』

三好達治

母よ-
淡くかなしきもののふるなり
紫陽花いろのもののふるなり
はてしなき並樹のかげを
そうそうと風のふくなり

時はたそがれ
母よ 私の乳母車を押せ
泣きぬれる夕陽に向かって
轔々と私の乳母車を押せ

赤い総ある天鷲絨(びろおど)の帽子を
つめたき額にかむらせよ
旅いそぐ鳥の列にも
季節は空を渡るなり

淡くかなしきもののふる
紫陽花いろのもののふる道
母よ わたしは知ってゐる
この道は遠く遠く果てしない道

『測量船』に収められている三好達治初期の詩。
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by uronna | 2008-03-18 13:01 | Shisaku

復活。


by kawasaki Alice
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