<   2008年 04月 ( 11 )   > この月の画像一覧

『劇団四季 ウィキッド』(二度目)

二度目なんて、どんだけ四季ファンやねん。。。

とか思いますが、別にファンではありません。
二度みたい演目があまりないのが、この劇団の特徴だと思っています。
(今回は妹ちゃんがチケットつきで誘ってくれたので行ってきました。)

理由は、俳優にあまり興味を持てないしくみになっているからです。
スペクタクルとしての舞台の完成度は疑いがないんだけど、
個人的に魅力を感じる役者がいない。

しかし、今回見て、ちょっとエルファバ役の女優に興味を持ちました。
前回と同じ人だったけど、確実に歌が他の人と違うんだよね。
「ここだけ観ればいいやぁ~」っと思っていた1幕のラストの歌、前回よりさらに圧巻でした。
低い声の演技もちょっとおもしろいし。

それにしても、翻訳ミュージカルの違和感はやはりぬぐえない。
どうして、「劇団四季文芸部」とかいうよくわからないシステムで台本をつくるんだろう。
もっと、確かな翻訳を出来る人を立てた方がいいんじゃないのかな。
[PR]
by uronna | 2008-04-26 23:44 | 劇評、書評、映画評

融合されぬ空間と肉体

東中野『RAFT』で劇団の先輩の芝居。

「一時間半の展覧会」と名づけられた、確かに展覧会のような催しだった。

「ダンサーです」
というふたりと
「ちょっとゆるいバンドやってます」
というふたりと、
劇団の先輩とそのワンコのコラボレーション。

残念なのは、「ダンスです!」「音楽です!」というパートに比べて
「演技です!」というパートが弱かったこと(T-T)。
企画も一緒にされていたみたいなので、難しかったのかもしれないけれど
もっともっとがっつり喋ってACTして欲しい感じでした。

ダンサーさんたちの踊りは、後半になるにしたがってだいぶ
空間になじんできたけど、とにかくあの狭い空間には異質なものだし。

ゆるーい感じで歌い、ちょっと演技するシンガーさんの「演じているふりの演技」
が意外と上手なことに小さな喜びがありました。


a0015614_238557.jpg


帰り道、観劇が一緒になった劇団の先輩と乳酒で乾杯♪
アフガニスタンのお酒だと信じていたら、最後に「日本の酒なんっスよ」と店員に言われがっかりー(´・ω・`)ショボーン

パオ・キャラバン・サライ
http://paoco.com/
羊肉なのにウマ~~(゚∀゚)─ww (オソマツネー)。
[PR]
by uronna | 2008-04-25 20:43 | 劇評、書評、映画評

オルフェウス

汝は、死者の住まいのほど近く、左手に、ひとつの泉を見出すであろう。

泉のほとりに純白の糸杉がそびえたっている。

この泉には赴くな、近寄るな。

汝は、「記憶」の湖から流出するもうひとつの泉を見出すであろう。

湧き出る冷たい水である。そのまえに番人らが立っている。

かれらに言え。わたしは大地と星に輝く天空との娘である。

しかし、わたしの起源は天空にある。このことは汝らも承知の通り。

渇きが私を疲弊させ死に臨ませる。ああ、すみやかに与えよ、

「記憶」の湖から湧出する冷たい水を。

すると、かれらは汝に神泉から飲むことを許すであろう。

そのとき、もろもろの英雄たちのなかにあって、汝は統治するであろう。

(オルフェウス教断片17
シモーヌ・ヴェイユ仏訳より冨原眞弓訳)
[PR]
by uronna | 2008-04-18 02:34 | Shisaku

メレアグロスの『春』

われらの大気から風吹き荒れる冬は消えた。
春よ、なぜ、おまえの季節は花を献げて微笑むのか。
黒々とした大地はやさしく草に身をつつまれる。
木々の受益のうちにあって、葉むらの髪があたらしい。
それらを養い育む甘やかな飲み物は黎明の露だ、
薔薇がさくとき、牧場は笑いさざめく。
歌う山なみのあいだで羊飼いは葦笛を吹いて愉しむ、
白い仔山羊らは山羊飼いに歓びをもたらす。
はや、船乗りらは宏大な波のまにまに航海する、
帆を豊かな胸のごと孕ませる穏やかな西風(ゼフィロス)の息吹に危険もなく。
はや、葡萄を抱く者ディオニュソスのために人々は「エウオイ」と叫ぶ。
束ねられた花々、木蔦の花々が髪を冠と飾る。
かくも麗しき牡牛らを生み出す蜜蜂どもは、
巧みなわざに専念する。巣箱に停まって仕事に精を出す、
白く瑞々しく気孔に覆われた蜜蝋の美しさよ。
いたるところ、明朗な声の種族の鳥どもは歌いさえずる、
かわせみは波のまにまに、燕は軒のまわりで、
白鳥は河のほとりで、そして夜鳴き鶯は木のしたで。
かくて、森の葉むらに歓びが訪れ、大地が花咲くならば、
羊飼いが笛を吹き、羊毛に包まれた群れがはしゃぎ戯れるならば、
船乗りらが航海するならば、ディオニュソスが歌い踊る行列を導くならば、
有翼のものどもが歌いさえずるならば、蜜蜂どもが仕事に精をだすならば、
詩人もまた、春にはよろしく歌うべきではないのか。

メレアグロス(紀元前140~60年)
シモーヌ・ヴェイユの仏訳より冨原眞弓訳
[PR]
by uronna | 2008-04-15 02:09 | Shisaku

沙翁の喜劇に踊る恋

劇団の先輩が客演する芝居
「十二夜」を観に行く。
http://www.ilaboyou.jp/twelfth_night/twelfth_night_info.html

Theater IWATOにて。
この初めての劇場のすぐ隣には、MOSのクラシックがあった。
http://www.walkerplus.com/tokyo/gourmet/DETAIL/V-TOKYO-6RTAX282/

ちょっとコーヒーだけ、って雰囲気じゃないけど
観劇前の腹ごしらえなら、劇場付きなんじゃないかと思うほど雰囲気ぴったりなこのレストランがオススメです。…って、他に周りにはあまりなにもないのだけど。
(神楽坂まで降りれば、当然いっぱいある。)


さて、今回は十二夜ということで、
気楽だけど気楽じゃない、というか(笑)。

つまり、ストーリーは解ってるし、長いのもわかってるし。
面白い話だけど、戯曲以上に面白くない上演が多いのもわかってるし。

3年前に歌舞伎座でかかった、蜷川さんの十二夜もそこそこ面白かったのだが、
あれは美術の豪華絢爛さと、私の好きな菊五郎一座総出演という事実だけで
満足してしまうような芝居だった。
http://homepage.mac.com/nahp/earth/topics/2005/20050723.html

大地真央のミュージカル「十二夜」も映像で見たなぁ、あれは面白かったけど。
ミュージカルでやるのであれば、この作品を越えなければ面白くないだろうなぁ。
改めて言うまでもないが、ミュージカルというものは歌がうまくないとダメ。

ちょっと登場人物をおさらい

ヴァイオラ(双子妹)…シザーリオと名と姓を変え、公爵に仕える。公爵が好き。
セバスチャン(双子兄)…海で死んだと思われているがアントーニオに助けられ生きている。
オーシーノー(公爵)…オリヴィアが好き。
オリヴィア(姫)…公爵の使いできたシザーリオに惚れる。
トービー(姫の叔父)…酒飲み。
アンドリュー(姫の求婚者)…おばかさんのお坊ちゃま。
マライア(姫の侍女)…トービーとは男女の仲。姫の筆跡とそっくりな字をかける。
マルヴォーリオ(姫の執事)…真面目で嫌われ者。
フェステ(姫の道化)…狂言回し的な役。
アントーニオ(船頭)

美人の先輩は、もちろんオリヴィア姫の役でしたが、
とっても輝いていました。

ミュージカル仕立て(仕立て、がつくのは、13行上の理由から)のこの芝居は
始まってから30分がとってもきつい。^^;
世界観のない世界がムリヤリ押し付けられるんだよ。うまくない歌と踊りによって。。。

この30分に2人くらい席をたって帰りました。。。
気持ちはわかる、私も「やばいなぁ…、ど真ん中に座っちゃった…汗」とリスク回避を
しなかったことを後悔し始めました。

そのくらいたって、ようやく救世主のようにオリヴィア姫が登場しました。
これ、贔屓目でなくて本当にこの芝居にとって「救世主」だと思った。
だって、彼女がでてきたことで、ようやく落ち着いてみていられる空気ができたんだもの。
彼女を中心に見れば、ようやく世界が見えてきて、他のひとの芝居も観られるようになった。
それでもきつい人も何人かいたけれど、彼女の演技を中心にこの舞台がきゅっとまとまって
本当にほっとした。

たぶん、芝居のスタイルも違うこの劇団への客演で、
精神的にもすっごい苦労されたんだろうと察しがつく。

しかし、彼女はそれに自分の身体を順応させるだけでなく、彼女にしかできない形で
新たな表現に昇華させていた。見事としかいいようがない。
オリヴィア姫を見られただけで、今日の価値はあったと思うわたしだった。

ちなみに、他の役者陣に関して言えば、

トービー役…コメディアンとしての懐が深い
ヴァイオラ役…セバスチャンの役になってからがよい

以上。
[PR]
by uronna | 2008-04-11 17:32 | 劇評、書評、映画評

名づけることができない作品とは

 劇団の先輩に誘ってもらって、神楽坂Die-pratzeに観劇に行く。

 タイトルは『作品No.5』
 所見のOM-2の新作である。
このタイトルはどうなんだ、と始めからなんとなく斜に構えるわたし。

 神楽坂の駅で先輩と待ち合わせ、軽くお茶をしながら先輩の新作の話を聞く。
 噂の1人芝居は予想通りベケットの「しあわせな日々」だった。今から楽しみだ。
 場所は新宿のサニーサイドシアター。7月の15日からということだ。

 コーヒーショップを出たとたん降り出した雨に遭遇。「えー!?雨、降るって言ってたじゃん。」と傘の花を開く先輩を横目に、「いいです、あたくしこのくらいの雨なら傘差しませんの。」おほほ、と強がってみたものの、雨は強くなる一方。既に半分くらいテンションが落ちている状態でたどり着いたDie-pratzeには人が溢れていて、見たことのある識者の顔もちらほらあり、ああ、そういう芝居なんだな、という心構えができる。

 入ってみると、入り口側が階段席になっていて、あとは壁際に一列を3面。
つまり4面舞台。
私は階段席から見て右側の壁際に座る。
まんなかに巨大な透明の袋のなかで巨大な折り紙のカブトを折る少女。
寝たり起きたり、折り紙したり、やがて明かりが落ちると袋から抜け出そうと必死になるわけなんだが、見ていて苦しい。この苦しさを観客に強いるのはいかがなものか。
第一部、25点。

 第二部はプロジェクターを駆使し、文字情報と演者の身体をシンクロさせるへんてこりんパフォーマンス。プロジェクターの使い方が非常に上手い。自分の顔にも神経症の独り言ちっくな文字群がプロジェクションされ、かなりテンションが上がる。
この部分、80点。

 第三部は、巨漢の男優がポップコーンの袋を被り、手を使わずに袋を破って中身を床にばらまくところで観客に菓子がかからない絶妙のばらまきかたをしたことにいたく感動。
そのあとはあまり面白くなかった。45点。

すっごく独断と偏見に基づいた採点で50点。
男性だったらおもしろいんかな。女子的には「無理」っていう表現がいくつかあって、そこは「引く」というよりは「冷めて」しまうんだよね。頭の中でずっと別のことを考えてしまう時間が有る。
意味とか、物語とかの不在には別に異論はないんだけど、これをやりたいとは思わない。様々な意味で男性の演出家にしかできないことが一杯あって、でもそれはうらやましくない、というか。

でも、一度観ておいてよかった、かな。
非常に自己中心的な見方をしてしまった。でも自己中心的なお芝居なんだから、いっか。
[PR]
by uronna | 2008-04-07 16:29 | 劇評、書評、映画評

埋葬

エリオット (西脇順三郎訳:)

四月は残酷きわまる月だ
リラの花を死んだ土から生み出し
追憶に情欲をかきまぜたり
春の雨で鈍重な草根をふるい起こすのだ。

冬は人を温かくかくまってくれた。
地面を雪で忘却の中に被い
ひからびた球根で短い生命を養い。

シュタルンベルガ・ゼー湖の向こうから
夏が夕立をつれて急に襲って来た。
僕達は廻廊で雨宿りをして
日が出てから公園に行ってコーヒーを飲んで一時間ほど話した。
「あたしはロシヤ人ではありません
リトゥアニア出の立派なドイツ人です。」

子供の時、いとこになる大公の家に
滞在(とま)っていた頃大公はあたしを橇(そり)に
のせて遊びに出かけたが怖かった。
マリーア、マリーア、しっかりつかまって
と彼は言った。そして滑っておりた。
あの山の中にいるとのんびりした気分になれます、
夜は大がい本を読み冬になると南へ行きます


トマス・スターンズ・エリオット
(Thomas Stearns Eliot, 1888年9月26日 - 1965年1月4日)
イギリスの詩人、劇作家、文芸批評家。
合衆国ミズーリ州に生まれ、イギリスに帰化。
代表作には、5部からなる長詩『荒地』(The Waste Land、1922年)。
詩劇『寺院の殺人』(Murder in the Cathedral、1935年)
詩劇論『詩と劇』(Poetry and Drama、1951年)。
児童向けの詩 『キャッツ - ポッサムおじさんの猫とつき合う法(Old Possum's Book of Practical Cats)』はミュージカル『CATS』の原作である。
[PR]
by uronna | 2008-04-06 19:44 | Shisaku

『藪の中』

アユリテアトルによる芥川龍之介作『藪の中』を舞台化した作品を観に行く。
三軒茶屋シアタートラムにて。
[PR]
by uronna | 2008-04-05 23:11 | 舞台のおはなし

『散歩』

長田弘

 ただ歩く。手に何ももたない。急がない。
気に入った曲がり角がきたら、すっと曲がる。
かがり角を曲がると、道の先の風景画くるりと
変わる。くねくねとつづいてゆく細い道もあ
れば、おもいがけない下り坂で膝がわらいだ
すこともある。広い道にでると、空が遠くか
らゆっくりとこちらにひろがってくる。どの
道も、一つ一つの道が、それぞれにちがう。
 町にかくされた、みえないあみだ籤の折り
目をするするとひろげてゆくように、曲がり角
をいくつも曲がって、どこかへゆくためにで
なく、歩くことをたのしむために街を歩く。
とても簡単なことだ。とても簡単なようなの
だが、そうだろうか。どこかへ何かをしにゆ
くことはできても、歩くことをたのしむため
に歩くこと。それがなかなかにできない。こ
の世でいちばん難しいのは、いちばん簡単な
こと。

長田弘:福島県福島市生まれの詩人。
代表作に『深呼吸の必要』。
[PR]
by uronna | 2008-04-05 10:23 | Shisaku

『万物照応(コレスポンダンス)』

シャルル・ピエール・ボードレール作 福永武彦訳

「自然」はひとつの宮殿、そこに生ある柱、
時折、捕らえにくい言葉をかたり、
行く人は踏み分ける象徴の森、
森の親しげな眼差しに送られながら。

長いこだまの遠くから混ざり合うよう、
幽明の深い合体のうちに
涯(はてし)もなく、夜のように光明のように、
匂と色と響とは、かたみに歌う。

この匂たち、少年の肌に似て爽かに、
草笛のように涼しく、牧場のように緑に、
-その他に、腐敗した、豊かな、勝ちほこる

匂にも、無限のものの静かなひろがり、
香、沈、薫香、琥珀にくゆり、
精神と感覚との熱狂をかなでる。


シャルル・ピエール・ボードレール
(Charles Pierre Baudelaire, 1821年4月9日 - 1867年8月31日)
フランスの批評家、詩人。「フランス近代詩の父」と呼ばれる。
代表作に『悪の華』『巴里の憂鬱』。
[PR]
by uronna | 2008-04-02 12:04 | Shisaku

復活。


by kawasaki Alice
プロフィールを見る
画像一覧