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エッセイ教室8

「先生」のエッセイ第八弾。


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正直俺は良い先生に巡り合った事が無いのですが、一番思い入れが強かった先生について語ります

俺が最初に中学に入る時のこと
小学校を卒業して、中学校に入る俺は不安でいっぱいでした。
小学校の頃の友達はたくさん居るものの、もっと色んな小学校から生徒が来るという訳で、
もし特に仲の良かった友達と離れてしまったら非常に人見知りである俺は為す術がありません。

校門の近くに誰がどこのクラスか書かれている看板がありました。幸い仲の良い友達であったS君と一緒になる事が出来ました。

中学一年の担任の先生は優しそうな女性で、小学生時代楽に育ってきた俺は心から安堵したのでした。

幸運なことに、中学校でも友達を作る事が出来たのです。

しかし、仲の良かったS君はオタクグループに所属してしまいました。
当時はそういう趣味は全く興味が無い俺はグループが盛り上がっているといつも孤立してしまいました。
それでも休み時間はかろうじてグループに入ることはできていました。

そのまま何ヵ月か過ぎたある日、頭はまだ小学生の俺は掃除の時、体操着姿のY君のズボンを後ろから脱がす非常に低レベルな遊びをしていたところ、
なんと担任の先生に叱られてしまいました。
なぜこんなに怒られなければならないのか、俺はあまり反省せずその後も、W君の尿検査の結果の紙をY君の筆箱に突っ込んだり、A君のシャーペンの芯を黒く塗った箒の枝に替えてみたり、下らないイタズラを重ねていました。
そんなカスのような俺をグループに入れてくれた人たちは凄い人たちだと思います。

それでもオタ趣味の話で盛り上がっているときは会話に入れず、一人でいました。

中学一年の後期のある日、
理科係(授業の前日に内容を確認する係)であった俺は理科の先生でもある担任の先生に理科室まで授業の内容を聞きに行ったのです。

その際、先生は俺が少しクラスで孤立していることについて聞いてきました。
俺は別に今のままで構わない、と伝えると先生は、
「確かに無理に人に合わせる必要はないよ、その代わり本当に話が会う人と目一杯楽しく話しなさい。」

ありきたりな感じの言葉でしたが、当時孤立気味の不安でいっぱいの俺にとっては少し安心感が生まれました。

それから二年生になり、担任の先生とは離れてしまいましたが、それでも俺は理科係を続行したのです。

二年生になってからは小学校の頃からの非常に話が合う友達と一緒になり、楽しい一年となりました。
先生の言う、話が合う友達と楽しく過ごしていくことができました。

三年になった時には当時の先生は離任してしまいました。
それでもやはり楽しい中学校生活として思い出に残っています。

これだけで終わりです。
あまり良い話しではないですが、前にも書きましたが先生にはあまり巡り合っていないのです。

俺の中では数少ない先生との思い出でした。

余談ですが先生は無事に結婚したそうです。
結構良い歳だったので良かった。


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面白い文章ですね。
読む人を「笑わせよう」と思って狙って書いていたのかな?
そうでないとしたら、天性の劇作家ですよ。

中学校の時の自分の状況について、
変に感情移入せずに離れた所から、しかも詳細に
描けている所が良いです。
ばかばかしい悪戯の内容は具体的であるにもかかわらず
そこには自嘲も感傷もないので
読む方も面白く読むことができるのです。

そんな中で、唯一の会話として書かれる
先生の一言が良いですね。
何気ないひとことがあなたに安心を与えて、
中学生活を明るいものにしてくれたということが
その後の一文「理科係を続行したのです」だけで
十分に伝わります。

そして最後の「結構良い年だったので良かった」
で不覚にも笑いを取られます。「無事に」って。


あなたは、もっと文章を沢山書いてみてはどうだろうか。
きっとファンができると思いますよ。


おつかれさま!
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by uronna | 2012-01-12 22:08 | 稽古場日記

エッセイ教室 7

次の作品です。

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前に、先輩に将来の夢を聞いたことがある。何でも先生に言われた一言で自分も先生になろうとしたんだとか。その一言が自分の人生に大きな影響を与えた、とも言っていた。
自分の人生に影響を与えた先生。そう言われて私は首を傾げた。

私は保育園から今まで色々な先生に出会ってきた。
幼い頃から何かと病弱だった私を気に掛けてくれた優しい先生や、よく褒めてくれた先生、気さくで面白い先生。今お世話になっている先生だってとても親身になって下さっているし、中学の時の社会科の先生の雑談と称した話しは私の興味を引き、為になることばかりだった。
嫌いな先生は一度も担任になった事は無いし嫌味な先生には今まで関わることなく過ごしてきた私は幸運なのか、本当は嫌な先生だって居たけど忘れているだけか、それとも単に私の頭の中が幸せなのか。そこはわからないがとにかく沢山の先生に出会ってきた。
しかし、影響を与えたと言われてぱっと浮かんでくる先生が居ない。(決して薄情者なんかではないと信じている)
それに、私の人生に影響を与えた、というほど私は生きてない、と思う。人生なんてまだまだこれからだ
まあ、こんな事を言っていても話しは進まない。が、かと言って内容も思いつかない。そもそも先生って何だ。
そこから!?という突っ込みが入りそうだがそれは華麗にスルーしておく。恐れ入りますすみません。

先生について考えすぎてよくわからなくなってきた私はネットワークという文明の利器に頼ることにした。今の世の中は本当に便利になった。
【先生】その言葉を検索すると、
:学問や技術、芸能を教える人。また、自分が教えを受けている人。教員、医師、弁護士、小説家などの職業につく人に対する敬称。
と書いてあった。
先生と言われて殆どの人が教師を思い浮かべるだろう。私もそうだった。しかし先生と言われる職業の人はそれだけじゃないのだ。
つまり、自分がその人から何かを学べば、その人は自分にとっては立派な先生と呼べる…
そんなことを1人思い、にやりとする私。近く居た弟が怪訝な顔をしているのは見なかったことにしておく。
検索で出た言葉を脳内で繰り返しながらもう一度考えてみると……今の私を形成したといっても過言ではないと思われる人が、居た。


私にとっての“先生”は姉だ。
的外れかもしれないが、もうこの人しか思い浮かばない。
小さい頃…それこそ生まれた頃から一緒に居て、厳しく、たまに優しく育てられ、時には…いや、毎日のように喧嘩なんかもした。

家族と先生は違う。
そう言う人も居るかもしれない。大体、家族は血が繋がっているが先生は赤の他人だ。
家族では無償の愛が発生するが、他人では余程の善人か仏陀ではない限り、人間なのだから利益や損得無しに愛を与えたりするなどあり得ない。
しかし私は血が繋がって居ようと自分以外は他人だと思っていた人間だ。他人だろうと血が繋がっていようと関係ないのではないかと思う。

話しが脱線してしまった。

私は基本的に姉の真似っこをしていた。
姉がしていることに影響を受けて色んなことを始め、そのたびに何かしらに躓いて行き詰まる私にアドバイスしてくれる身近な先生。
そして姉が何かして怒られた時には幼いながらもあれをしたら母は怒る、と頭にインプットして上手く立ち回ったりと色んな面で一番身近な反面教師になったのも姉だった。
妹というのは上の兄姉を見て育つもの。流石に私のように、姉と同じ服がいいと駄々をこねて親を困らせ近所の方から双子?と聞かれるまでには至らないだろうが、姉や兄が居る人は小さい頃そのような経験があるのではないかと思う。


しかし、何でもそつなくこなし私の上をいく姉を見ていて劣等感を感じる時もあった。私より姉の方が優れてるんだから私なんか居なくても…なんて思ったことは何度もある。
一度、死のうなんて思ったこともあった。周りから見たら馬鹿らしいと思うかもしれないが、その時の自分は凄く真剣だった。苦しくて、憎くて、悲しくて、辛くて、虚しくて、色々な負の感情がぐるぐると渦巻きどうしたらいいのか…
いつもは悩み事なども姉に相談していた私に今更相談できる相手なんて居ない。
一度気分が落ちればまるで底など無いかのようにどんどん下降していき自分ではもう、どうしようもなかった。
心を閉ざし殻にこもり人を遠ざける。それで自分は安全だと、もう辛い思いをしなくて済むのだと、思い込んでいた。
が、現実はそんなに簡単にはいかない。自分から人を遠ざけている癖に寂しいと思う矛盾。
一応学校には行っていたものの、仮面のような笑顔を張り付けて、上辺だけ、愛想笑いを続ける毎日の繰り返し。人を愛するって何。愛されるって、何。こんな名前なんて、と自分まで否定して、私の心はどんどん荒んでいった。


そんな私を知ってか知らずかある日姉が私に玩具の望遠鏡を投げつけて「もっと周囲と自分をよく見ろ」と言ってきた。唐突に。しかも何故か少し偉そうに。

当然、は?と思ったしお姉ちゃんに何がわかるんだとも思ったが、その後に「お前がやってるのは向き合おうとしてる人からただ目を背けて逃げているだけだし。お前はお前でしょ」と言われて、確かにそうだよなあと、すとんと納得してしまったのだ。

役目は終えたと言わんばかりにまたスタスタとどこかへ行ってしまった姉には、何故いきなりそんな事を言い出したのか問うことは出来なかったし、今の今まで私も忘れていたわけだけれど。

姉は、いつまでも狭い世界に閉じこもり狭い視野でしかものを見れない、そんな私にもっと広い視野でものを見れば世界も広がると、他人を受け入れれば自然と自分も受け入れてもらえるものだと、色んな人がいるけれど自分は自分なんだと、教えてくれたのではないかと今になって思う。

考えすぎかもしれない。またただの気まぐれとか、いつもみたいに良い言葉ぽいのが思い浮かんだから取り敢えず言っとけ、みたいなものかもしれない。
でも、今はまだ少し難しいかもしれないけれど、全ての人を愛し、愛されるように、そんな素敵な名前の由来に負けない人間になりたいと、姉の言葉で思えた。

私は、最高の先生に出会えたと、思えた。

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なかなか、読み応えのある文章でした。

「先生」という言葉の一般的な意味や印象にとらわれずに
自分の書きたいことを書いた、という点がとても良いです。

さすがに文章を書きなれているだけあって、いくらでも
言葉が生まれてくるような滑らかな「思考」→「筆記」の
流れを感じました。

そういうひとにありがちな、言葉面からの「脱線」あり、
乗り突っ込みあり、
そして流れを引き戻す強引さあり、
おぬし、手練じゃな。


後半は身近な人を、「先生」だと思いお手本に出来る
あなたの素直さと、謙虚さがよく伝わってきます。
あなたがどんな人かということが、まずよくわかるというのは
素敵なエッセイであるということです。

もう一歩話を進めて、
お姉さんがどんな人かということを詳細に描写すると、
テーマのはっきりしたエッセイになります。

最後に名前のことでしめくくるのはなかなか良い考えです。
この一文が効いているのは、前に一度それが話題になっているからです。
前の部分では「人を愛するって何。愛されるって、何。こんな名前なんて」
と、さらっと書かれているので、ともすると読み飛ばしてしまう可能性があります。
それがあなたの名前であることがはっきりと明示されていると、
もっと最後の部分が引き立ちます。

おつかれさま
いつもお芝居を観に来てくれる「先生」にヨロシク。
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by uronna | 2012-01-11 22:28 | 稽古場日記

エッセイ教室 6

さて
少し間があいたけれど、エッセイ教室の続きをやりましょう。

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私が中学生の時のお話です。
部活は美術部に入部しました。そこの顧問の先生は絵を描く楽しさをたくさん教えてくれました。そして私はもっと絵が好きになりました。
小学校の時に先生から「絵上手だねー。私この絵好き!」と、言われた事が嬉しくその日から将来の夢が画家でした。
美術部の顧問の先生はその夢を応援してくれました。
しかし、中学2年の時にその先生は引退してしまいました。それから絵の技術は少しの事しかわからないですが自分しかかけない作品を作り、またどこかで引退してしまった顧問の先生とあったら今の私の作品を見てくれたら嬉しいなっとおもいます。

I like the art.

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作者と、アートの関わりを作ってくれた先生のお話ですね。

短すぎるのであっという間に終わってしまいました。
もっとこの先生との出会いや、話したことなど、いろいろな
エピソードをとりまぜて、せめてこの三倍くらいの長さに、
この文章を膨らませてみましょう。

それから、I like art.の前の一文だけが少し読みづらいかな?
そこだけ、少し「話し言葉」になっているからです。
意味は解りますが、他の文章から続いてそこに入ってくると
違和感があるよね。

Let's create challenging work of art!
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by uronna | 2012-01-10 23:26 | 稽古場日記

エッセイ教室 その5


大晦日に届いた作品のラストです。

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僕は数々の先生たちに支えられてきました。
みんな、この人のことを書こうみたいなのがあるのだろうけど、僕は本当に色んな先生に助けられ、正されてきたので自分を変えたのはこの人って言うのはないと思います。
でもじゃあ誰のことを書こうと考えたとき、
一番長く一緒にいた先生の事を書こうと思いました
その先生は中学時代の音楽の教師、そして僕が所属してた吹奏楽の顧問でした
その人は本当に子供のような人でした、生徒が憎まれ口を叩くと憎まれ口で返したり、生徒とくだらないことで盛り上がったり。
最初はなんだかこの人が生徒であることが信じられないぐらいでした。
部活を通して一緒に居る時間も多かったのですが、話せば話すほど子供みたいだなぁと思いました。僕や他の男子生徒一緒に騒いだりして女子生徒にうるさいと怒られたりもしました
でもある日不思議に思いました。
その先生からは無責任さが全然感じられなかったのです
子供っぽい人柄の裏に、部活の事をきちんと考えて動いたり、問題が起きたときに解決に導いてくれたり。
それまでの自分の中の子供、そして大人が覆されるようでした
なんでこの人はこんなことが出来るのだろうととても不思議で、いつしかその先生を好きになっている僕が居ました。
そうやって過ごしていたので音楽に関してもその人の影響を凄く受けています
その人の音楽は凄く綺麗で優しい世界でした。
その世界に近付きたいと思えました
たしかにジャンルは違うかもしれないけど、それを僕の音楽の世界に共存させられるのでは無いのだろうかと。
そして中学を卒業した今でもその人との関係は続いていて
来年からその人が立ち上げた吹奏楽団に入ります
もうその人は僕の先生ではないのだけれども、これからもたくさん学んでいこうとおもいます。
以上が僕の一番一緒にいた、いや一緒にいる先生の話です。


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たくさんの先生に支えられて
いまのあなたがあるんですね。

そのことを冒頭でわざわざ書くことで、
あなたが、「先生」という存在をとても偉大だと思っている
あるいは、感謝している、ということが伝わってきます。

そのなかでも特に現在進行形でお世話になっている先生のことを
今回は書いてくれました。

「その人の音楽は凄く綺麗で優しい世界でした」
という一文は、あとが気になる文章です。
「どう綺麗で」「どんな風に優しく」「世界」を作っていたのか。
あなたの目から見た見解でかまわないので、その人の音楽に
触れたエピソードがもっと描かれると、あなたのその人への
共感がもっとよく伝わってきます。

音楽にはいろいろジャンルがありますが、
大切なことはひとつですね。
あこがれの人の音楽に近づくことで、
あなたが、自分自身の音楽をみつけていけることを期待しています。


おつかれさま!
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by uronna | 2012-01-06 16:06 | 稽古場日記

エッセイ教室 その4

次の作品です。

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小学生のころ今まで自分の知っていた「先生」というものの形を壊した先生がいた
小学校に入る前は、ドラえもんやサザエさんに出てくるような先生を想像していて、多少違えどかけ離れた存在ではなかった
しかし、小学5年生になった年の担任は自分の今までのイメージをぶち壊しにした
まず、常にジャージ姿だというのに驚いた今となっては、そんなに珍しいものではないが当時わりかしちゃんとした格好の先生しか知らなかったのでそのときはすごい変な感じがした
次に自分が好きだからと教室内にプーさんの人形が並べられていた
出入り口には暖簾をかけたり、授業を机を「コ」の字型にして行ったり、気持ち悪いオリジナルキャラクターをよく使うそんな先生だった

とにかく自分のイメージを覆した変な先生だったが、あまり好きじゃなかった学校生活が楽しかった

その先生はそんな変な感じだったから、親からの評判も悪かったらしいしクラス内でも好きな人と嫌いな人に分かれていた
小5となれば生意気な時期で反抗する子もいた
ある日先生が怒ったときの「気に入らないなら俺を蹴れ」と生徒にいったのはまた衝撃的だった
皆、何言ってるのみたいな顔をしていた、のちに数名の男子が本当に先生を蹴っていて
その光景を蹴る生徒と蹴られながらも真剣に生徒を見ている先生に驚きながら眺めていた

小5のイベント自然教室に行った、夜に先生が部屋に遊びに来て先生の作ったカードーゲーム(さっき出てきた先生のオリジナルキャラクターのゲーム)で皆で遊んだり、外の庭で手つなぎ鬼などをして遊んだ
最初クラスに全然知り合いがいなかったが、先生の企画するゲーム等のおかげでクラスにも馴染めていった

クラスでは度々、お楽しみ会みたいなものをしたがある日先生とコントをすることになった
正直あまり乗り気ではなかった
全然セリフとかを覚えられる気がしなかったし、なにより人前でなにかするのがとても嫌いだった

でも、合わせるうちにセリフも覚えたし楽しかった
ちなみに初コントでは主婦をやり、プーさんを産み落とす役であった
クラス内は爆笑の渦でつつまれた

そのころから味をしめて人前が苦ではなくなった

とても楽しかった1年も3月に入り終りが近づいた
5年生最後の日、先生がなぜプーさんが好きかを話してくれた
先生いわくプーさんはクラスの目標だったらしい、プーさんは思いやりがあって好きなことに一生懸命になれるのでそういう子達になってほしいと言っていた

この日17年間の人生の中で1度だけ人との別れで泣いた

あれからプーさんにどれくらい近づけてるのだろうか

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とても、いい話ですね…。
あ、でもほめる前にひとつ、あなたは、文章を書くときに「読点」をつける癖を
そろそろつけましょう。読点?まるです。←(これ)モーニング娘。とかの最後の丸。

厳密には「モーニング娘。」に読点がついているのは変なのですが
あなたの文章には読点が必要です。
なんか意図か策略があって読点をつけないというのでなければ、
つけた方が、文章が締まります。キリッとさせておきましょう。

文章に起承転結があるので、短い中にもしっかりとあなたと先生の
心の交感が伝わってきます。先生がどんな風にかわっていたのか、
それでもどうしてあなたがひかれたのか、ということが、
小さなエピソードのひとつひとつから伝わってきますね。

今のあなたがあるのも、その先生の影響が大きいのだね。

最後の二文は、この文章を締めるとても重要なセンテンスになっています。
ここで、ぐっときますね。
人の心をつかむ文章術、というと大げさですが、
よく心得ているなぁ。


プーさん、近づいていると思いますよ。
先生からもらった大切なものをどうか失くさないで、
プーさんの心を持った素敵な大人になってね。
(ところで、今日はプーさんのいる国へ行っているようだねw?)

おつかれさまでした!
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by uronna | 2012-01-05 15:47 | 稽古場日記

エッセイ教室 その3

次の作品です。

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 イギリスの有名なミュージシャン、The Beatlesの曲に"All you need is love"という歌があります。「愛こそすべて」というこの言葉を"Love is all"として教えてくれた人がいました。
 私が中学三年の時の担任はとてもユニークな人でした。彼は学校行事にやたら熱く、口を開けば駄洒落が飛び出す人で、生徒から(別の意味で)人気を集めていた教師でした。この他にも幾つかの武勇伝がある彼ですが、そんな彼にはお気に入りのある言葉がありました。その言葉こそ「愛こそすべて」です。
 この言葉も彼の武勇伝の内の一つだが、今にして思うとこの言葉の重要さが分かる。
 今年は東日本大震災もあり、何かと人々の繋がり・・・つまり「愛」というものが重要視された年でした。今日に至るまで被災地復興のため様々な人が協力してきました。また、今後もこの絆が潰えることはないでしょう。このことから愛くしみこそが人々を繋ぎ、被災地を復興へ導くと言えるでしょう。それだけではありません、この震災によって実に多くの人が様々な形で「愛」を認識したことでしょう。
 つまり、彼の教えてくれたこの言葉は紛うことなき事実なのです。私はこの言葉を教えてくれた彼のことを誇りに思います。そして私はこの言葉一人でも多くの人に伝えていくことが彼の生徒としてやるべきことだと思いました。

 愛こそすべて。

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中学校の時の先生の印象深い言葉から、東日本大震災に見舞われた今の
日本に思いを致す、そんなエッセイですね。

あなたは、先生に言われてこの曲を聴いてみたかな?
「LOVE」という言葉が沢山出てきますね。
あなたなりの「愛」にもっと言及すれば、読み応えのある
エッセイになります。震災についても、自分の見解を述べてみる、
どういうときに「愛」を人々が認識した、と思うのか。

そして、先生の言葉を伝えようと、今どんなことを実践しているのか?
などを書いてくれると、どんどん読みたくなります。

あなたも、もう少し長い文章を書いてみるといいと思います。
全体の構成力がつくと、面白い書き手になりそうです。



おつかれさま!
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by uronna | 2012-01-04 15:31 | 稽古場日記

謹賀新年 エッセイ教室その2

あけましておめでとうございます。
今年も、いろいろな創作の記録、この学習帳に残していければと思います。

さて、年末が締め切りになっていたエッセイですが、
大晦日にバタバタと4本届きました。
締め切りを守ってくれたひと、ありがとう。

それでは年始一発目のエッセイ教室いきましょう。


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私の大好きな元担任は常に生徒と本気で向き合っていた。授業でもクラスでも行事でもなんでも。担任はよく「もう私今年で教師やめるわ」とか「辛いわもう。」と嘆いていた。まあそれは私や他何人かくらいの前だけなのだけれど。そんな先生が大好きだった。

もうずっと食べてない、眠れてない、声が出ないそんなことは日常茶飯事で、いつも体のどこかは悪そうだった。そんな頼りなさそうな先生に私も随分助けられた。雑談も相談も直ぐにしてしまい、いつもそばにいて抱きしめてくれる大切でありがたい存在だった。少しの悩みでも本気で受け止めて、まっすぐに返してくれた。しかも自分のクラスだけではなく違うクラス・違う学年ましてや他の先生からも相談を受けていた。だから自分が辛くなり体を壊し生徒に心配される。

私が何かを相談できる相手はその先生くらいしかいなかった。けれど、あの先生はたくさんの人とつながって、自分を助けてくれる人がきちんといた。辛そうな先生でも助け、助けられていた。先生はいつものように嘆いた後、「でもこの仕事、やめられないんだよね。みんな、悪いことしてもかわいいんだよ。もう少し大人になってくれたら私も楽なんだけどね。」とほほ笑む。そんな先生が大好きだ。

この間母校に帰ってみたら先生は出張でいなかった。今度行ったときには会えると良いな。噂では、また声をからして、指には包帯が巻いてあったらしい。生徒のために頑張った証拠なのか。死なないくらいでまたたくさんの生徒の話を聞き、抱きしめて、救ってほしい。

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中学校の先生でしょうか?
とても人間らしい人だったんですね。

教師という職業は、なかなか「自分」を前面に出すことはできないので
こういう、「弱い部分」も生徒達に見せながら一緒に進んでいける先生は
とても、魅力的ですよね。

先生の台詞がとっても素敵だと思いました。

もう少し長い文章を書いてみる練習をしてみるといいですよ。
例えば、「生徒と本気で向き合っていた」例を書いてみる、
自分とその先生のエピソードを何か一つ、いれてみる、など。


おつかれさまでした!
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by uronna | 2012-01-03 15:21 | 稽古場日記

復活。


by kawasaki Alice
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